久しぶりの更新です。今日さぼってゴルフに行きました。高校から大学まで一緒のの同級生二人とラウンドしました。
ゴルフはへたなのですが今日は珍しく47と51の99でプレイしました。百割るのって15年ぶりです。かなり嬉しいです。(へたはへたなりに!)
10月18日は運動会、11月1日は星ヶ峯ソフトボール協会杯とこなし、その間は文化祭や一日旅行の準備とボランティアで忙しく今日はちょっと息抜きです。嬉しかったのでよけいなことを書いてしまいました。ところで11月29・30日に、小生の所属する団体の研修旅行で高千穂峡方面の1泊旅行に行って来ました。 研修はたった1時間余り、後はバスに乗って観光旅行です。途中お昼周りで西都原古墳群に立ち寄りました。10万本のコスモスを期待していたのですが、 まだ3分咲きでこれからというところでした。11月8日の日曜日ぐらいが見頃になりそうです。 長時間バスに揺られ、そろそろ山の斜面を夕日が赤く染める頃、バスは高千穂峡のホテルに着きました。 早速、温泉に浸かり一日の汗を流します。風呂から上がるとすぐに宴会が始まりました。今夜は夜神楽がこの後の予定に入っていたため、 宴会は早々に切り上げて、ホテルのすぐ近くの高千穂神社の夜神楽の会場に向かいました。 カメラを持ち込んで最前列に陣取ったのですが、写真撮影はダメと書いてあります。諦めていましたがみんなカメラを手にしています。 どうやらOKらしいということで一安心!神楽が始まるやいなやもうシャッターパチパチ、ストロボピカピカです!撮される方も大変そう! 神楽の内容は神世の天照大神の時代です。スサノウノ命の横暴に怒った大御神が天の岩戸にお隠れになる。 世界が真っ暗になって困った神々が一計を案じ、天のウズメノ命が岩戸のそばで踊りを踊り、何だろうとそっと岩の扉に手をかけたところを、 タジカラノ命が岩戸を一気に開けて仕舞うというあまりに有名な神話の一シーンです。 結構ありきたりで単純な中身なのですが、仕草が面白く見入って仕舞います。カメラをパチパチ撮ったのですが、 どうもこちらに対してポーズを撮ってくれているような気もしないでもありません。なかなか自分でも良いアングルが取れたと満足しています。
ここまではクラッシックでまじめな舞台です。これが終わるともう一つ、イザナギとイザナミの夫婦神の登場です。これは結構狂言ぽくて、
二人の神がいちゃいちゃしている様子や仲むつまじい様子を演じます。しばらくすると舞台を降りて観客席に浮気しに飛び出してゆきます。
「若い女性は気をつけなさい。抱きつかれますよ!でも縁起がいいんですよ!」なんて前もって言われていましたが、この夜は結構おとなしいものでした。
次の日は午前中高千穂峡の散策です。天の岩戸神社に行って岩戸を捜したり、渓谷に降りて写真をとったりしました。 なかなかいい被写体でした。少し残念なのは川面に結構霧がかかっており少しぼけてしまっていることです。(それはそれで雰囲気はでていますが!) また、少し時間があったらボートに乗ってみたかったのですが、それは次の機会に先延ばしです。 紅葉が始まりかけていましたがピークは11月の中旬になりそうです。
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8月8日の土曜日から二日間、おやじの会のみんなで阿久根大島にキャンプに行きました。
太平洋には台風と熱帯低気圧が2つも見えて、やや東風が気になります。朝8時に星峯東小に集まり全員で出発。
途中で食料を買いそろえ、昼食をとり、いよいよ1時半に阿久根港を出港!かわいい赤いポンポン船が送迎をします。
阿久根大島は港の目と鼻の先に浮かぶ小さな島です。近くに桑島が浮かび、チヌねらいの釣師たちの格好のポイントになっているようです。
心配していた波もほとんど無く、10分程でついてしまいました。子どもたちは大喜びです。
バンガローを7棟ほど借りて、それぞれの荷物をかたづけて、自由行動に移ります。
小・中学生や母親たちは海水浴とその見張りに出かけました。シュノーケルを持ってきた男どもは、
海水浴場の左にある岩場で潜りました。私もフィンと眼鏡とシュノーケルをリックに入れてきましたので、
そちらの方に参加です。結構潮が速く、ひと潜りするとあっという間に流されています。怖くて深場にはいけませんでした。
小さな青い魚がいっぱい泳いでいます。時々可愛いクマノミも見かけます。カワハギの子供が底に横たわっていたので、
死んでいるのかとつついてみたら、驚いて目を覚まし、さっさと逃げていってしまいました。
地元では「さんかくびな」という巻き貝がいっぱいいましたので、ビールのつまみにとせっせと袋に詰め込みました。
(あまり大きくはありませんでしたが!)過呼吸気味でぐったりとなるほど海で遊んでいましたが、そろそろ日も傾きバーベキューの準備に入りました。 コンロの炭が真っ赤になる頃、島影に夕日が沈んでいきました。(さあー飲むぞ! ムードも何もあったものじゃありませんね!)
翌朝4時に目が覚めると子供たちがバンガロー周りを歩き回っています。ほとんど寝ていないんでしょう。
5時間は寝たのかな?私も起き出してキス釣りの準備にかかりました。昨夕、試しに港で竿を出してみて、
海の底は岩がごつごつしていて、釣れたのは磯魚ばかりでしたので、きっとキスは無理かなと思っていました。
子供たちが泳ぎ始めないうちに、唯一可能性が残る海水浴場の狭い砂浜で竿を出してみました。
ところが一投目からいいアタリがあり20cmオーバーのキスが2匹も釣れました。昨日ゴカイを1000円ほど買っていましたが、
釣れなかったらこれはもらえないな?と思っていましたので、千載一遇のチャンスとがんばりました。
干潟書くなり女の子たちやお母さん方も現れ、釣りたがったので、釣り竿を持たせてあげました。この日は誰でも釣れたようです。
いっぺんに3匹の一荷釣りが何度もありました。3本の竿でみんなで代わる代わる釣ってきっと70枚ほど釣れたと思います。
これらは29名の朝食のおかずになりました。
阿久根大島には鹿が多数生息しています。皆が海水浴をしているところに現れて餌をねだります。
小柄で毛並みのよい鹿たちです。スイカ割りをしているところによってきました。
だれがが食べかすの皮を食べさせたら喜んで食べていました。試しに赤い部分が結構残っているものを
食べさせると、そこを選んで先に食べていました。鹿も甘い果物が好きなようです。
11時半には名残を惜しみながら島を後にしました。この後川内原発を訪れ、4時半頃家に帰り着きました。 もうほんとにグッタリでしたよ! |
8月1日の土曜日の午後5時から、東西両校区の公民館運営審議会が主催する星ヶ峯団地夏祭りが、タイヨー星ヶ峯店駐車場にてにぎやかに開催されました。
今回初めてケーブルテレビが協賛し、舞台、音響、照明を一手に引き受けて頂きました。
舞台は専用の大型トレーラーを持ち込むだけで一気に出来上がり、両サイドに大型のスピーカーが設置され、照明が多数取り付けられました。
広場の中央にはカメラと照明のやぐらが建ちました。MBC夏祭り会場を星ヶ峯にそのまま持ってきたという感じです。
午後5時、祭りは中学校の吹奏楽部の演奏で始まりました。今回、かれらは可愛い浴衣姿で楽しい演奏を魅せてくれました。
7時からの町内会からの演芸は、今回は多様なジャンルのものが出演しました。以前は日舞やカラオケの少人数のものが多いようでしたが、
最近は大所帯のチームの出演が目立ちます。北町内会の子どもたちのマイケルジャクソンバリのモダンダンス(かわいかったです〜!)
や昨年から登場の三味線や太鼓のさくら太鼓チーム、もちろんフラダンスチームもそうです。
特に注目を引いたのは今回初お目見えのエイサー太鼓の皆さんでした。
なにげに参加していただいたのですが、その迫力!演技力!全員が始終笑顔を絶やさず太鼓をたたき続けます。(このチームはプロだ!と感じました。)
最後の花火と抽選会でお祭りもにぎやかに終わりました。人出ではゆうに2500人を越えたと思います。
大会関係者の方(私も含めてご苦労様でした。)
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7月7日の七夕にあわせて、「はじめ整骨院」が山田町にオープンしました。
院長は釣り仲間(紫原の野村整骨院の院長)の娘婿さんです。おしどり夫婦が手に手を携えて、今回、ようやく独立開業の運びとなりました。
院長のはじめさんは30代になったばかりのスポーツマン!今はマリンスポーツにはまっているようです。
我が星峯中学校の卒業生で、きっと野球部に所属していました。(今度ちゃんと確かめておきます。)
何はともあれ、アウトドア派の好青年です。
なかなか夕方時間がとれず、4日目にやっと行って来ました。山田のCOCOストアの隣にあって、駐車スペースも何台も停められ、
中にはいるとゆったりと装備が並べられています。新兵器はウオーターベッドのようです。仰向けに寝るとゆらりゆらりとボートに乗っているようです。
レザーシーツの下からジェット噴射が全身をもみほぐしてくれます。温泉のジェットのようで気持ちよかったですよ!星ヶ峯の坂を下りるとすぐそこです。皆さん一度行ってみて下さい。 地図も入れておきます。
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6月20日(土)に星峯西校区成人学級の田植えがありました。田んぼは星ヶ峯の北方の茂頭にあります。
朝6時からPCを立ち上げてHPの更新をしていた小生にS氏から「早く来て写真撮影をしてくれ!」と催促の電話がありました。
時計を見ると、午前10時ちょうど。案内は午後1時からになっていると言うと「ちゃんと変更の電話したでしょう。」とのこと。
カメラを手に慌てて現場に向かいました。
先週の土曜日はやはりこの田んぼで「泥んこ遊び」が開催されました。 子どもたちは田んぼのなかで泥まみれになりながら、ボール遊びに興じたり、ウナギつかみ取りをしました。 そのウナギをさばいて、お昼にはウナギの蒲焼きを田んぼの横の作業場で食べたのでした。 残念ながら小生は宮崎の妹宅に一泊で行っていたので参加できませんでしたが。
40人ほどの参加者が、H氏が耕運機でならした田んぼに一斉に入り、田植えが始まりました。
この日の田植えは国際色豊か?で、H.Y.氏とS氏のお宅でホームステイしている二人の留学生も飛び入り参加してくれました。
半分もいかないうちに低学年の子どもたちは田植えに飽きたのか、疲れたのか泥水の中に何人も座り込んでしまいました。
素財にやってきた南日本新聞のカメラマンが鋭い視線でカメラを構えています。
私も負けていられません。質より量とデジカメのシャッターを押しまくりました。
100コマ程度撮ったところでシャッターが作動しなくなりました。メモリー不足?と思って家に飛んで帰り
PCに取り込みましたがまだ動きません。何のことはありません。電池切れでした。あわてて数分充電して田んぼに走ってかえりました。
この後、バーべキューコンロに炭火をおこし焼き肉大会です。大きなは釜で10kg炊いたご飯が瞬く間に無くなりました。
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6月13日の土曜日、仕事で高鍋に住んでいる妹の家を訪ねることになりました。
せっかくだからということで明和の妹夫婦と姪の綾ちゃんも連れていくことになりました。
朝10時前に明和に迎えに行き出発、そのまま高速に乗りました。なんと言っても高速料金は1000円! お天気は上々! 気持ちのいいドライブです。
あっという間に宮崎の清武インターに着いてしまいました。清武のインターから左に折れ高速は西都まで続きます。ここは初めて走る道です。
高鍋の妹が「もうすぐ高鍋まで開通するよ。」と言っていました。
12時前に西都原古墳に到着。広々とした公園の芝生の上で古代の王墓を見ながらお弁当を広げました。
お腹の虫がおさまったところで考古博物館に入ってみました。2003年に新装なった新しい博物館です。
何年か前、天皇陛下も御幸されたという由緒正しい施設です。嬉しいことに入場料無料!信じられません!
受付のきれいなお嬢さんに「ホントに無料なの?どうして?」と何度も聞き直しました。ただなのに館内案内のパンフもくれました。広い展示室には、色々な考古学上貴重な資料が満載されていましたが、この日の私の頭はかなり疲れていて、総て上滑りしてしまい余り頭に入ってきません。銅鏡の所ではしばらく立ち止まって解説文を細かく読んでいましたが、そのほかは全く説明文が頭に入りませんでした。 まあこの頃よくあることなのですが!それでもまあ古代南九州の栄華を少しくイメージできたかも知れません。閲覧に疲れたので3階の展望レストランに上がり、 コーヒーを飲みながら数多くの大小の古墳群の点在する公園を見渡しました。何故か敷地のまわりにはタバコの葉が広く栽培されていました。 秋になったら何万本ものコスモスが咲きそろうはずなのですが。今年の秋にもう一度ここに来ることになっています。 その時はきっとコスモスを楽しめると思います。野外ではフォークコンサートが開催されていて地元宮崎のことをテーマにした不思議な内容の歌が流れていました。 しばらくみんなで聞いてみたいなと思いましたが、高鍋の妹が待ちかねていると思い古墳公園を後にしました。
翌日の観光のメインは尾鈴山と牧水です。夕べ酒豪の妹の旦那と焼酎をつきあって飲んだ為かなりだるい朝のお目覚めです。
女性陣の準備を待って、10時にようやく出発できました。
第一の目的地は尾鈴山です。1400m程度の低い山ですが、ここは尾鈴山の豊富な湧水が流れ出てつくる大小の瀑布群があることで有名です。 全部巡ると丸1日かかりそうで、今回は一番楽な「矢研の滝」一つに絞りました。 都濃から国道10号線を左に折れ、狭い登山道を対向車に注意しながら20分ぐらい走るとキャンプ場があります。 そこに車を停め、5人でぞろぞろと遊歩道を歩き始めました。これが山頂登山なら覚悟の上で登り始めますが、 さほどアップダウンもない遊歩道がややしんどいです。昨夜の焼酎も少し残っています。 20分くらい歩くとようやく滝に着きました。しばらく雨もないのにかなりの水量があります。 近づくと滝のしぶきでカメラのレンズが濡れてしまいます。さわやかな冷気が辺り一帯を覆っています。 さすがに神武東征のいわくある大滝です!滝壺には小さな魚が泳いでいました。山女魚?油バヤ? 渓流の水はを手で掬うと冷たくてごくごくと飲んでみたくなります。キャンプ場の湧き水を持参のタンクに20gしっかり汲んできました。 この水で氷を作り、尾鈴山蒸留所の焼酎「山ねこ」のロックを飲むこと!これがこの旅の最大の目的なのですから!
写真は焼酎「山ねこ」と「百年の孤独」です。残念ながら後者は飲んでしまって空っぽです。
黒木酒造の「百年の孤独」はアルコール度数40度の琥珀色の焼酎です。
スコッチでも入れておこうと思っています。この二つの焼酎は小生の愛読書「おいしんぼ」の漫画の中で紹介されていました。
是非、一度飲んでみたかったのでした。やはり尾鈴山の湧水が決め手なんですね!
時間があったら木城にある「山ねこ」の尾鈴山蒸留所まで足を伸ばして見たかったんですが次回に譲ります。黒木酒造は高鍋の町の中にありました。
古い昔ながらのたたずまいの酒蔵でした。この町には甲類の焼酎の得意な大手のタカラ酒造の工場もありましたよ!
滝を後にして、日向の東郷町にある若山牧水の生誕地に向かいました。
途中お昼になりましたので妹が作ってくれたお弁当を、美々津の海の公園で太平洋を見渡しながら食べました。
穏やかなお天気で眼下に釣り人が糸を垂れていました。ここから神武天皇が東征していったのですね!
日向から左に折れ、どんどん山の中に進んでいきました。2時頃ようやく牧水の生家に到着しました。昔生誕100年の時に一度だけ訪れたことがあります。 古い漆喰作りの家はこぎれいに手入れされていました。座敷には上がれませんが、台所には入ることができます。 下は固められた粘土の土で、かまども昔ながらの土のかまどです。今はとっくに壊された祖母の家とそっくりでした。 目の前には大きな川が流れ、その先には尾鈴山の頂がそびえていました。ちょうど先の矢研の滝の裏側になりそうです。
牧水記念館が新しく川の向かいに出来ていました。せっかくですのでみんなで中に入り、牧水の生い立ちのビデオを見たり、
展示物を鑑賞したりのんびり時を過ごしました。両親が好きだった和歌 「幾山河 越えさりゆけば 淋しさのはてなむ國ぞ 今日も旅行く」 の掛け軸が掛けてありました。 一度模写してみようと、こっそりカメラに写しこんできました。念のために写真入りの和歌集も一冊購入してきました。 |
5月最後の日曜日、校区社会福祉協議会(小生が所属)とあいご会の共催でグラウンドゴルフの大会を開催しました。
雲一つない五月晴れのお天気にめぐまれ、朝の8時45分から大会が始まりました。昨年から小学校のご好意で校庭を貸してもらっています。
簡単に、主だった方のあいさつやプレー上の注意があって、9時ちょうどにプレーが始まりました。
当初、80人位の参加を予想していましたが、お母さん方の参加が多く、また校長先生や教頭先生の飛び入り参加もあり、 100人近くに膨れ上がってしまいました。この大会は、常日頃、グランドゴルフにいそしんでいる地域の諸先輩方に指導者になってもらい、 小学校のあいご会で各町内から5名ほど子どもたちを募ってもらい、当然、引率のお母さん方にもプレーをしてもらうという、 いわゆる3世代交流型の大会です。誰でも、初めての方でもプレーできるという手軽さがすごく楽しいスポーツです。
いつもだったらカメラを片手にみんなの表情を追っかけているのですが、クラブ(ゴルフで言えばパター)を手にするとそれどころではありません。
小生もメンバーに入れてもらって18ホールフルラウンドです!何とかしてアンダーパーでまわらなくてはと意気込んでボールをひっぱたきます。
しょっぱなからホールインワンが出て小生は有頂天でした。スコアは2ラウンドで19と24の43(5アンダー?)の好スコア?でした!
残念ながら大人は順位戦は無かったので順位は分かりませんがベスト10に入れそうでした。(笑)
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5月6日連休の最後の日、家内と妹夫婦の4人で熊本に行きました。
末っ子が連休はアルバイトで忙しいというので、ETCも車に取り付けたことですし、それではこちらから出向いて行こうかという訳です。
家族旅行で私の車を借りて佐賀の呼子までやりいかのお造りを食べに行った妹夫婦が、車を返しにやって来ました。
この話をすると、なんとつて行くというのです。当初の目的は、熊本城本丸御殿見物と末っ子のアルバイト先のメキシコ料理専門店「プラサ・デル・ソル」でディナーを食べることでした。 妹が私の部屋に貼ってあった矢部の通潤橋の写真を見て興味を示したので、午前中は途中で松橋で高速を降りて、少し時間をかけて 美里町(旧砥用町)や山都町(旧矢部町)の石橋群を散策してみることにしました。
熊本市の南部を流れる一級河川緑川流域には80基を越える石橋群が残っています。 ここの石橋群は、主に八代の東陽に基盤を置く創始者の藤原林七や息子の丈八、娘婿の岩永三五郎、孫の橋本勘五郎たちの手によるものです。 岩永三五郎は、特に鹿児島の人間にとっては、西田橋などの五大石橋を造った事で有名な方ですからよくご存じのことと思います。 創始者の藤原林七の逸話は面白いですよ!江戸後期、長崎奉行所に勤務していた彼はアーチ型石橋の眼鏡橋を見て感動します。 そして自分も造ってみたいと強く思います。 この長崎の眼鏡橋は中国から伝わった技法で造られたのでしょうが、当時はヨーロッパの石橋造りの技術も入り込んでいたと思われます。 アーチ型石橋に興味を持った林七は、外国から来た人たちにその技術に関して根ほり葉ほり聞こうとしました。 ところが鎖国の状態であった当時、このことは法に触れる行為でした。見とがめられて林七は八代に逃げ込みます。 しばらくじっとしていた林七でしたが、この地で手探りの状態でアーチ型石橋の作成に取り組み始めるのです。 そんな林七の周りに石工たちが集まってきました。この林七一派によって緑川流域に石橋がどんどん出来ていきました。 試行錯誤の中、彼らはどんどん技術を高めていきました。こうして日本の中でも優れて秀でた石工の技術者集団が育っていきました。 江戸初期、加藤清正は熊本城を作るため、全国から優れた土木技術を持った人間を多く呼び寄せました。 この技術者たちの中にはお城完成の後も近隣の土木工事のため熊本に残った人々も多かったのです。 このようにもともと熊本は土木技術が高かったのでしょう。 特に林七が基盤とした八代は、全国でも名高い暴れ川”球磨川”が町の真ん中を流れています。 この地では、昔から高い土木技術が要求されてきました。優れた土木技術者が多くいたものと思われます。 林七の熱意と彼らが次第に結びついていったのでしょうか? 彼らの技術はは全国的にも認められ、 孫の橋本勘五郎は明治になって皇居の旧二重橋の建設にも携わりました。 大分、前置きが長くなりました。6日朝8時に明和の妹夫婦を迎えに行って、伊敷から高速に乗りました。 ETCは初めての体験です。ゲートがうまく開くか!すごく心配です。1時間半後松橋インターに到着。 料金表示板で1,000円と確認して「よかった!」と高速を降りました。ここから国道218号線を東に向かいます。 15分くらい走るともう美里です。ここで二俣橋、年祢(としね)橋、小筵(こむしろ)橋を捜しました。 畑仕事をしていた年輩のご婦人に道を尋ねると、色々な事を話してくれます。「この橋は身投げがおおいんだ!」とか・・・・ 橋の欄干から下を覗くと、深い谷に身体が吸い込まれそうになります。 小筵橋で写真を撮っていると隣の家のご夫婦が話しかけてきて、色々橋のこと保存の問題などを話してくれました。 一番上の写真は霊台橋です。石橋としては日本でも一級の大橋です。近くの岡に公園と見晴台がありそこから見下ろしました。 重厚な橋です。これまでの小さな橋には何となく反応の薄かった女たちもこのはしには感動したようです。 すぐ上流に鯉のぼりが川に渡してありました。
なかなか主要目的地に着きません。ここを後にようやく矢部の通潤橋を目指します。もうそろそろお昼です。
おなかの虫が鳴き出しました。11時50分ようやく矢部の町に到着しました。
通潤橋の周りは一大公園となっており、園内に道の駅もあります。
この橋は渡る為のものではなく、近くの台地の灌漑のために掛けられた橋です。
北方の水源から引かれた水をサイフォンの原理を使って南の乾燥した台地に、広い谷を飛び越して水を運ぶ灌漑用水路なのです。
それにしてもなんと大がかりな空中土管でしょうか!ちなみにうちの妹夫婦は水道屋です!
到着してすぐ観光バスが駐車場に入ってきました。もしかすると水の放水があるかも知れないと期待しました。
しばらく周りを見学していましたが15分くらい経って、ようやく放水が始まりました。やった!
男二人してカメラのシャッターを押しまくりました。熊本城の広場で食べるはずだった夕べ作ったお重のお弁当をここで広げて皆で食べました。 いいお天気です。(鹿児島は雨がふっていたそうです。)芝生の上を心地よい緑風が滑ってきます。 のんびりとした時間を過ごしたいのですが、まだ熊本城本丸御殿見物という課題が残っています。 みんなをせき立てて6キロ先にあるここの水源”円形分水工”を見た後、1時半過ぎに矢部を後にしました。
午後3時、熊本城に入城! 早速、本丸御殿に入りました。昨年春に新装なったこの御殿はまだ新築のにおいがします。 中に入ってまずは台所の”かまど”の大きさにびっくりしました。 4連の”はがま”を見て「お米を炊いたら200人くらいのご飯がいっぺんにたけるかしら?」と家内が声を上げます。 孟嘗君(もうしょうくん)の画はテレビの特集で見ましたがなんとも鮮やかなものです。 新しすぎて重厚さは無いのですが、きらきらと贅沢な空間です。消えてしまった信長が建てた安土城の中もかくやと想像する事ができます。 ストロボがたけないので写真はいまいちですが雰囲気だけ楽しんで下さい。
メキシコ料理専門店「プラサ・デル・ソル」は下通りのアーケードの中にあります。
熊大2年の息子が、もう結構長くアルバイトしています。親としてはどんなところで息子が働いているのか若干心配で、
一度顔を出してみたかったのですが、やっと実現しました。しかも妹夫婦まで一緒です。
ややピリ辛の味付けで、タコス料理が日本人の贅沢な口に合うかは分かりませんが、雰囲気は楽しめます。
店の中ではスペイン語が飛び交います。鶴田君が運転してくれるというので(無理矢理言わせた?)テキーラをみんなで飲んでみました。
女性陣はひとくち口に付けただけでグラスを私に廻してきます。50度のお酒です。当たり前かも!彼女らはカクテルを飲み始めました。
おかげで私が三杯も飲む羽目になりました。疲れも相まってもうふらふらです。
皆で結構飲んで食って飲み物のサービスをマスターがして下さったのもありましたが、5人分で1万円そこそこでした。
星ヶ峯と変わらない!
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星ヶ峯では毎月第4火曜日に星ヶ峯福祉館で「子育てサロン」を開催しています。
地域で乳飲み子を抱えたお母さんたちに少しでもお役に立てればと始めたする運動です。4月28日は今年度の開所式がありました。私は通常は仕事で行けないのですが、事務局の一員ですし、一回だけでも参加しようと、 保険事務所の会議を昼からに変えてもらってカメラを持って参加しました。
10時になるともう子ども連れの若いお母さん方が大勢集まってきます。福祉館の和室が一杯になり、子どもたちが走り回っています。
最初ですので、総会資料などの説明や責任者の簡単なあいさつなどもありました。まあ子どもでごった返していますから式は簡単に済みました。
そうこうしているうちに市の社会福祉協議会の方から派遣された幼稚園の先生?が、色々なおもちゃや小道具、紙芝居など持参でやっと現れました。 感心したのは、今まで騒がしかった子どもたちがほんの一瞬ですがこの先生のタンバリンを使った一言でしーんとなったことです。 幼子たちの目がこの先生に集中しました。さすがー!!
今日は開所式でしたので子どもたちの自己紹介と紙芝居と簡単なお遊びだけでしたが、これから毎月色々な遊びを取り入れていきます。 人形劇、七夕飾り作り、クリスマス会など色々です。 楽しそうですよ!3歳児までのお子さまをお持ちの保護者の方が対象です。 是非一度見に来て下さい。 |
朝から小雨模様のこの日でしたが、広木駅に着くともう大勢の人だかりでした。星ヶ峯の主だった先輩方はもうとっくに来られて来賓席に座っています。
広木駅開業式典にせっかく来賓として(私には滅多に無いことです)招待されたわけですから、堂々と受付に行って記念品をしっかりもらってきました。
星峯西校区の「茂頭棒踊り保存会」が出演するということでしたので、控えておられた一群に近づいていくとどうもメンバーが違います。 その中に顔なじみのK氏を見つけ聞くと、「広木虚無僧踊り保存会」の皆さんでした。話には聞いたことがあるのですが、 ちゃんと連綿と継続されて練習されているんですね! 星東小学校創立の時、演舞を披露されたことがあるそうです。もう20年以上も前のことらしいです。
伊藤市長のご挨拶等の後テープカットが行われ、錦城幼稚園の子らによってくす玉が割られました。ようやく待ちに待った広木駅の開業です。
式典が終わり伊藤市長がこの日限りの一日駅長になって30分後に来る登り電車を待ちます。 広木駅は無人駅ですので初代一代で最後の駅長と言うことです。なかなか来ませんので諦めて仕事に戻ることにしました。 本当は電車が駅に停まるのを見たかったのですが!
住民の皆さんの使用状況はどんなだろうとおもっていましたが、春休みに入り駅の前を車で走ると、
多分新中学生とおぼしき子どもたちがおめかしして三々五々駅から続く坂を上がってきます。
かわいいこと!電車使って友だちと町に遊びに(いえ図書館かもしれません!)行ったのでしょう。
こんな使われ方もしてるんだ、星ヶ峯も都会的になったなと変に感心しているこの頃です。
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1月25日の日曜日、星峯西成人学級のM氏が六十の大台になりました。
夕方4丁目の料理店「フライパン」に集まって、お祝いをすることになりました。十四、五人ほど集まってのこじんまりとした会でした。多分赤い座布団もちゃんちゃんこも帽子も準備していないだろうと思い、 真っ赤なお祭りの法被と日の丸の扇子、「私が主役」のたすきを持っていきました。案の定誰も準備していませんでした。 帽子は朱色のネックウオーマーで代用しました! 本人いやがっていましたけど、無理矢理被ってもらいました。 みんな「赤じゃないじゃないか。」と苦言を呈していましたが、赤と朱なんて対して違わないですよね! みんなに色紙に寄せ書きしてもらって、お祝いに大好きなゴルフのパターなんか贈ってもらって、いいな! でも自分は還暦なんて来ない方がいいや!
それから6日しか経たない1月31日、今度はやはり西の成人学級で厄払いがありました。
犠牲になったのは、子どもたちのソフトボールの面倒を見てくれているN氏。
西公民館に30人ほど集まって夕方から厄払いが始まりました。にわか仕立ての神主さんは、神官ではなくまるでダライラマのような訳の分からない格好でやってきました。 早速、祝詞を読み始めるのですが、あっちこっちでひっかかりながら読み上げています。 たしか前回は「雨で祝詞の墨が垂れて読めなくなった。」と言い訳していましたが、今回は雨も降りません。 少し目が悪くなって暗かったせいでしょう。でももう少し練習してくればいいのに! この後、当人はハサミで服を着られ、榊で裸の背中を思い切りバチバチたたかれ、そこにたわしで塩を擦り込まれ、 最後は冷水を頭からぶっかけられ、滞りなく式典は終了いたしました。 |
1月10日(土)恒例の鬼火たきの行事が星ヶ峯の二つの小学校で開催されました。
この日、お昼頃は時々小雨がちらつく寒い日でした。
城西高校サッカーの大活躍のTV放送を見るのを途中で断念し、2時に東小学校に駆けつけました。もうみんな集まっていました。
スタッフには設計士、工務店の方などその道のプロが一杯いらして、手慣れたもので、あっという間に基礎が完成しました。
後はその中に、学校で剪定した枯れ枝や門松を放り込み、周りを小竹で覆います。1時間余りですっかり出来上がってしまいました。
ここが片づいた後西小学校はどうかと行ってみましたらここは始まったばかりです。成人学級の方々で作っていました。
竹の組み方も全く違っていました。
井形に竹を組んで行く方法で少し時間がかかっています。メインの芯になる竹は当日切りだしているそうです。
それでも4時半には出来上がり後は6時の同時点火を待つだけになりました。
5時頃から子どもたちが集まり始めました。それぞれの町内会単位でブロックのコンロが設置されそこで火興しが始まります。
本当はやぐらを燃した後の熾き火を使うのでしょうが待っていられません。とりあえず炭に火を付けて置いて後でそれを入れます。
ここでお餅を焼いて子どもたちに振る舞います。
6時前に小学生と厄年の方に火を付けてもらいます。昼の雨はすっかり上がり心配された風もほとんどありません。
東の空から満月が挙がってきました。炎はあっという間に燃え上がり空とそれを見守る観衆の顔を赤く染めます。
今年も皆が健康でありますように! (p.s.炎の横に見える小さな白いシミはホントは満月です!)
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12月4日の日曜日は恒例の星峯東社協の一日バス旅行でした。お天気は上々!総勢48名でいざ出発!
何せ私晴れ男で、6年前に始まったこの旅行で雨の記憶がございません。バスは8時ちょうどに星峯東小を出発し、車内でお昼ご飯の注文を取ったりしている間にもう今和泉に着いてしまいました。 指宿観光協会にお願いしたガイドさんと一緒に、今和泉家のお墓や豊玉姫神社、今和泉小学校の中の石の手水鉢等を見て回りました。 写真の手水鉢は思ったより大きな立派な物でした。 今和泉島津家の敷地は小学校と指宿商業を合わした広さでかなり広いお屋敷だったと思いました。 篤姫が見たこの海岸からの桜島は丸みをおびた優しい形をしています。今日は大隅半島が間近にくっきり見えます。 この後、一行は指宿菜の花館の中の篤姫館に向かいました。 途中、左手に知林が島が見えます。潮が良ければ渡るつもりでしたが、残念ながら丁度満潮に当たり諦めざるをえません。
昼食は山川駅の下の「くりや旅館」で名物のかつおのたたき定食をとりました。
たたきの量に文句はありませんが、1000円にしてでも、もうひと鉢付ければもうちょっと良いかな!と思います。
この後、山川ヘルシーランドの露天風呂や砂むし温泉にゆったりとつかりながら、海や対岸の大隅半島をぼんやりと眺めて過ごしました。
2時時間ほど温泉を楽しみ、せっかくだからとサツマイモ発祥の「地徳光神社」と太平洋戦争の慰霊碑のある「花瀬望比公園」などを見て回りました。
夕日の中にくっきりと開聞岳がそびえ、逆光の中にススキがとてもきれいでした。
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11月16日の日曜日、習字同好会のメンバーの一人が広島に引っ越してしまうので、
お別れ遠足を兼ねて、宮崎県椎葉村に紅葉狩りに行く計画をたてました。この日校区文化祭がありましたが、午後1時には後かたづけまで終わってしまいましたので、 あたふたと、皆を迎えに紫原に車を走らせました。皆を乗せ、2時半に鹿児島を出発。高速で一気に人吉まで飛ばしました。 3時半、人吉のジャスコで酒やフィルムを買い込み、ここから進路を東にとりました。 錦町、免田、多良木と進み、岐路の湯前に5時前に着きました。ここまでは至って順調でした。不土野峠経由だと後1時間余りです。 ところが「国道388号線は全面通行止め」とデカデカと表示があり、迷ったあげく西米良の村所から回り込むことにしました。 これが裏目に出て、行けどもいけどもつづら折りの山道を抜け出すことができません。山中でどっぷりと日が暮れてしまいました。 予定より1時間は遅れて午後7時、ようやく目的地の下椎葉に到着しました。途中、狸が何匹も車の前を横切り、イタチが立ってこちらを見つめるのを目撃しました。 しまいには下椎葉の入り口で、立派な角を持った鹿が人家前の道路にいて、車が近づいても全く逃げようとせずに、 我々をじっと見つめて出迎えてくれたのには少々驚きました。 午後7時20分、何とか無事に民宿「龍神館」にたどり着くことが出来ました。
昨夜は料理自慢の民宿の奥さんの料理に舌鼓をうち、日本酒を2合ほど飲んだところで、開けた缶ビールをほとんど残し、あっという間に寝入ってしまいました。
おかげで4時過ぎから目が冴えてしまいました。夜が明けるのが待ち遠しく、明るくなるや外に飛び出して、秋色に染まった渓流沿いを散策してみました。
民宿は扇山の登山道入り口にありました。この山には随分前にしゃぐなげの花を見に登ったことがありました。 8時に朝食、9時には出発して、下椎葉の町中にある鶴富屋敷や民俗博物館など見学しました。
10時30分、下椎葉を後にして国道265線を北に進路をとりました。次に目指すは十根川村です。耳川の支流十根川の渓谷沿いに国道が続きます。
以前と比べると雲泥の差で道路状況が良くなっています。ここ十根川村には重要文化財に指定されている高く積み上げられた石垣の屋敷群があります。
まるでちょっとした砦か山城のような立派なお屋敷が並んでいました。畑に大きな大きな柿の木が枝もたわわに実をつけていますが誰もちぎらないようです。
屋敷群の目の前のお社に、八村杉という大きな杉の巨木がありました。
この村をもう少し登っていったところに檜の巨木があるということで、10分ほど車で駆け上がりました。後ろに扇山の山の端が見えてき始めました。
大分登ってきたところに人家が何件かありました。金網の小屋があり、見ると猪が二匹飼われていました。これで見れる物は全部見た感じです。
狸、イタチ、鹿、猪!夕べの料理でも猪と鹿の肉が出たし、山女魚(ヤマメ)も食べました!
その人家を右に折れたところにこの木が厳然とそびえていました。なんとも不思議な出で立ちでそびえています。きっと神様が宿っています! 人家のそばで、またお昼でなかったら怖くて逃げ出したくなりそうでした。 ![]() 十根川をもう少し上っていくと仲塔というところがあり、ここの渓谷の紅葉は見事でした。でも先を急ぐので車を走らせながらの紅葉狩りでした。 ここからしばらく行くと国見トンネルをくぐります。このトンネルのおかげであっという間に五ヶ瀬に着くことができます。 昔は急峻な国見峠をおっかなびっくり進まなければなりませんでした。 このあと「えのはの里」に行くつもりでしたが、気づかずに通り過ぎて、次のお目当ての白滝の入り口まで来てしまいました。 12時をまわっていましたが、お昼ご飯はしばらくお預けで、白滝まで登っていきました。 もう紅葉は散り始めていました。この辺りも11月初めがやはりピークのようです。ちょっとがっかりしてシャッターを押したので、楓にピントが合わずに 滝の水の流れに合ってしまいました。こういう写真は三脚でも付けてじっくり考えて撮るべきだったと後悔しています。 ぼけた写真をスキャナーで取り込んだ為一層ぼけてしまいました。 ![]() 白滝を後にして、今来た道を少し引き返して「えのはの里」で昼ご飯を食べました。昔、何度か来たことのある食事処です。 山女魚を食べさせてくれます。割安な料金でちょっと贅沢な気分になれます。私は山女のいくら丼を食べました。1250円位でしたよ! 連れは1550円位の山女魚定食を食べていました。20cm以上の山女魚の塩焼きが二匹も乗っていました。 連れにはどんぶり物だけの私が惨めに見えたらしく山女を一匹恵んでくれました。
かなり遠回りになってしまいましたが、矢部の(山都町に町名変更?)通潤橋まで足を伸ばしました。今度知ったのですがこの橋は人が渡るための橋ではなくて、
灌漑用の水を通す橋です。もちろん人も渡ります。下から見上げると荘厳そのものです。記念写真を撮って帰ろうとしていたら、観光バスが一台駐車場に入ってきて、
橋の真ん中から突然水が噴き出して落ちてきました。慌てて駆け戻り、シャッターを無我夢中で押し続けました。松橋から高速に乗り帰路につきました。高速を走ること2時間余り、ようやく鹿児島に帰り着きました。 |
6月に田植えした星峯西校区の成人学級の田んぼでは、稲穂も垂れて黄金色に輝いています。
10月18日(土)に朝10時から小学生たちと稲刈りをしました。お天気も最高です。風はやや強い日でしたが、
谷間の狭い田んぼは無風状態で、温かい朝でした。周りの田んぼに目をやると、大方稲刈りは終わり、稲が柵に干されています。
我々も鎌を持って「いざ稲刈りを!」と思ったのですが、小学生に少しまねごとをさせるだけで、後は手押しのコンバイン1台でどんどん稲が刈られ、 紐で縛られた稲の固まりが機械の外に放り出されていきます。早い早い!それでも全部刈り取るのに2時間くらいかかったでしょうか?
稲刈りの終了したスペースに木を組み孟宗竹を乗せ、それに刈り終えた稲を掛けていきます。長い3列の稲の柵が並びました。
こうして乾燥させ1週間後脱穀してようやくお米が出来上がります。慣れない作業と田んぼの土が軟らかいのとで、少し疲れてしまいました。年のせいもあるかな? 小学生は高学年は途中で飽きて少々さぼっていた子もいましたが、低学年の子は始めての体験が面白かったのか、飽きずに最後まで一生懸命働いていました。 思わず「疲れを知らない子どものように〜」と口ずさんでしまいましたよ!
来週の土曜日の午前中、この田んぼで脱穀して、お昼はそのお米を炊いて屋外で焼き肉大会をするそうです。
私も校区の文化祭の準備が無ければ参加したいのですが!
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9月24日〜25日に私が所属す会の研修旅行で長崎・佐賀まで行ってきました。
曇り空のお天気でしたが、照らず降らずの旅行日和でした。初日は星ヶ峯を8時出発。高速で長崎ハウステンボスまでわき目もふらず直行!
3時間余りのハウステンボス見学であっというまに夕方になってしまいました。
韓国から修学旅行の学生さんが一杯来ていて、園内は「アンニョイ ハセヨ!」で満ちあふれていました。
中世のオランダをまねた大きな建物を見るだけでぐったりなってしまいました。かわいい遊覧船が運河に何十艘も浮かんでいました。
時間があったらやはりこれで九十九島(つくも)をくまなくまわらなきゃ行けませんね!この日の泊まりは佐賀嬉野温泉!食べきれないぐらいご馳走を食べて飲んで、夕方と早朝と2度温泉に入って肌もすべすべになりました。 ここの温泉は3大美人湯といわれるだけあって、男の肌も本当にすべすべになってしまいます。温泉に浸かっている間にそう感じました。 早朝5時に目が覚めて眠れないので、メタボにこれ以上なりたくなくて、雪駄借りて明けやらぬ嬉野の町を散策しました。 中規模の温泉旅館が沢山建っています。熊本・福岡が近いので立地も良く、繁盛しているのでしょう。それぞれの旅館がみんなこぎれいです。 慣れない雪駄で1時間くらいの散歩で足の裏にまめをこさえてしまいました。
次の日は荒尾にある特別養老施設で研修があり、昼からはまた観光で焼き物の里有田まで足を伸ばしました。
でもまたテーマパークみたいな所に連れていかれました。私が幹事ならまおおと古びた歴史を感じさせる場所を選ぶのですが!
ここで焼酎工場と焼き物の記念館を見物しました。結構試飲もしましたが、麦焼酎なんで余り進みません。
やっぱり芋がいい!まあそれでも43度の強い焼酎の小瓶を2本も買ってきてしまいました。夜一人でちびちびやっています。
それと椿の花を手書きで描いた大きめの湯飲みを自分のお土産に買って、抹茶と茶筅を近くのスーパーで捜してきて抹茶をそれで楽しんでいます。
作法も何も知りませんが!
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暑い夏も峠を越し秋の気配を感じるこの頃です。秋と言えば芸術の秋!昨日(9月7日)市民文化ホールに 「絆 歌謡、舞踊、ダンス、共催ショー」なるものを見に行って来ました。 実は我が町内会のメンバーが昨年結成した「桜ほのぼの太鼓」の諸君がこのオープニングに出演するということで、 愚妻と二人見に行くことになりました。また私の所属する総合保健センターの事務職の女性もフラメンコで出演しましたので、 是は何が何でも見に行かなければならなかったわけです。
4時開演、ショーの口上あいさつが終わると2番目に早速「桜ほのぼの太鼓」の登場です。
昨年の星ヶ峯東校区の文化祭を契機に立ち上げてからわずか一年足らずですが、メンバーも増えなかなかかっこいい演奏でした。
まだ小学生が主体ですから雄壮とまでは行きませんが、腕を上げました。今年から中学生3人の三味線も加わりました。
![]() 11月の我が町の文化祭にもまた参加してもらえそうです。益々腕を磨いて校区のみんなに感動を与えてもらえばと期待しています。 |
8月2日(土)は星ヶ峯団地の夏祭りが開催されました。朝から素晴らしいお天気で、雨の心配は全くなし! こんな事は久しぶりかもしれません。昨年も午後3時頃、激しいにわか雨に見舞われ開催が危ぶまれました。 12時半に男性たちは西小学校に集合! 汗だくになりながら、テント10張りと机イスを2台の軽トラックでタイヨー駐車場に運び込み、皆でテントを設営していきます。 13時50分には大まかな設営はほとんど済んでしまいました。子どもたちが持ってくる灯籠を飾り付け、後は祭りの開始を待つばかりです。 午後5時、中学校から沢山の楽器が運び込まれ、吹奏楽部の演奏が始まりました。この時点でもう多くの観客が押しかけていました。 演奏は大体ジャズ風のアレンジで、聞いている我々の身体が勝手にスイングしてしまいます。 顧問の先生が替わるとと雰囲気ががらりと変わるようです。猛暑の中うっとりと聞き惚れていました。 祭りは幼稚園・保育園のお遊戯、灯籠コンテスト、ゲームと続いていきます。 かき氷早喰い競争では小学校の高学年のお嬢さんたちが鮮やかな浴衣姿で登場し、観衆を沸かせました。 この後それぞれの町内会から日舞やフラダンスの艶やかな舞が続きました。
星ヶ峯団地の夏祭りは手作りの夏祭りです。寄付ももらわないで全町内会からの浄財でまかなっています。
夜店はプロを入れないで、ここの住人のこれまた手作りのバザーです。
鹿児島市内でもこんなやり方は少ないようで、他地域で話題にもなっているようです。
もっともこの物価高でいろんな物が値上がりし運営が大変です!
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星東校区のソフトバレーボール大会が6月22日に開催されました。もう2週間前のことです。夏祭りの準備とかで、 結構夜の打ち合わせに駆り出され、HPの更新がままなりません。ようやく今日、久しぶりの更新です。 東校区には8つの町内会があり、この日それぞれの町内会からチームを組んで参加します。 男子リーグ、女子リーグ、混成リーグの3パートで熱戦が繰り広げられました。我が桜会町内会は女子の部で見事優勝しました。 もらった賞状は早速額に入れ集会所の一番目立つ所に飾りました。写真は我が町内会の女子チームのメンバーです。 本当にスタイルの良い美人揃いですが残念ながら、体育館の中で光が少々足りなくてぼんやり写っているのが残念です。
小生は混成の部審議会チームで校長先生の替わりにプレーしました。1次リーグを1勝1敗で決勝トーナメントにあがりましたが、
ここで力つき優勝チームを苦しめながらも、年の差、実力の差が出て惜敗しました。
男子の部と混成の優勝は南町内会でした。
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梅雨にいよいよ突入です。6月は田植えの季節! 星峯西の成人学級の田植えがいよいよ始まります。 それに先立つ6月7日の土曜日、恒例のお田植え祭りの「泥んこ遊び」が五ヶ別府町茂頭の成人学級の田んぼで開催されました。 星峯西小学校の高学年を募って田んぼで泥んこ遊び、ウナギのつかみ取りをしたあと、バーベキュー大会となります。 今時のお洒落な小学生の高学年が、このときばかりは我を忘れ顔中泥んこです。お母さんが見たら悲鳴を上げそう! 元気な女の子はトラックターまで運転する始末です。これからの日本の食を支える農家の女将さん候補かな!
ウナギのつかみ取りで捕まえたウナギを、おじさんたちがさばいて(去年からプロが参加してすごく見事な蒲焼きです!)
炭火で焼いて、みんなで鰻丼を食べました。もちろんこれだけでは全然足りませんので、肉や野菜もたっぷり網焼きしました。
お米は薪と釜でで炊きました。電気炊飯器とは火力が違います。最高のたきあがりです。いつもと違った野趣味たっぷりの料理に
きっと子どもたちも満足してくれたことと思います。21日の土曜日に田植えをします。これをごらんになった方是非ご参加下さい。最もアルバイト代はありませんが! |
5月25日の日曜日、星ヶ峯ソフトボール大会の夏の大会が開催されました。 我がチーム「ヨクロテスワローズ(酔)」は今回はAリーグで優勝候補チームとバトルです。 まあ勝ち目の薄い勝負とは思いましたが、全力で戦い抜きました。 結局、2敗はしましたが、なかなか締まった良い試合は出来たつもりです。と思っているのは自分だけかもしれませんが! 優勝戦は「スリーフォーズ」と「竹若」チームとの対戦となったようです。「スリーフォーズ」が優勝しました。
4時過ぎには全ての試合が終わり、表彰式に移ります。100名を越える大人数ですので、いつも野外に照明を設営し、
バーベキューコンロを頼んでの宴会が始まります。優勝カップになみなみと注がれたビールを飲み干す優勝チームに少々嫉妬です。
我がチームは秋はBリーグで戦います。ここで勝ちあがって来年はAリーグに戻って来るつもりです。
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5月の連休に紫原のN氏と妹の旦那のT氏の3人で硫黄島に行ってきました。魚はあんまり釣れませんでしたが、 俊寛さんの悲憤の島に一度行ってみたかったので、良い旅行になりました。3日・4日はお天気にも恵まれ、楽しい島見物が出来ましたよ! 露天風呂にも何度も入りました。
硫黄島の風景は二つに分かれます。東部は山の斜面から火山煙がいたるところから吹き出す不毛の岩山地帯。
硫黄岳が海に面する所では温泉が吹き出て海に流れ込んでいます。そこの海の色は褐色を基本とした様々な色に変化します。一方、島の西部は高台が牧草地帯となっており、牛と孔雀が一緒に暮らしています。のどかな牧場風景が広がります。 以下、詳しく書きつづりました。お時間があったらご覧下さい。
午前9時30分、鹿児島南埠頭から「みしま丸」に乗り込みました。今回のメンバーはTOPページで紹介した3名です。
硫黄島は地図で見る限り、周囲15km弱の小さな島ですが、アップダウンもありそうです。
あちこちの地磯や露天風呂を巡るにはミニバイクがどうしても必要という判断で、費用が往復3400円と廉価だった事もあり、
バイク2台、折り畳みの自転車1台も船に積み込みました。ちなみに自転車は往復1500円でした。
さあ、紫原釣りバカクラブいざ出航!
お天気は上々、波もありません。船が出航してしばらくは、桜島やいつも行く舟釣りのポイントを甲板から捜していましたが、桜島を過ぎて
食堂に移動し、大漁を期して酒盛りを始めました。小生、29日に桜島沖で釣り上げたアジと小鯛で押し寿司を作ってきました。
これが3名の今日のお昼ご飯と酒の肴です。3名とも下戸でビールが進みません。こういう時は少しくらい飲める人間がメンバーに欲しいものです。
何とも盛り上がらないままに、2人は船室に帰って寝てしまいました。指宿沖や開聞岳の勇姿なんかどうでも良いようです。
鹿児島港を出航してから3時間余り、ようやく竹島に到着、ここからは硫黄島が間近に見えます。
竹島では乗客や荷物の積み降ろしに20分余り掛かりました。そしてようやく出航!目的地まで後20分程度でしょうか?
ウツン崎の岬周りにカモメたちが遊んでいます。ここを離れるとようやく硫黄島が目前に近づいてきました。
名にし負う海上火山の島です。山頂付近からは常時火山ガスが吹き出ています。
島の周りは流れ出た温泉で海面の色が変わっているのがわかります。
![]() 午後1時30分前にようやく硫黄港に入港。バイクと荷物を受け取ると、我々は1日目の宿泊場所である三島村開発総合センター内の キャンプ場に直行、野営の準備を始めました。喜界島カルデラの断崖の真下に芝生のスペースがあります。 そばには温水プールがあり、水道とトイレが完備されています。使用許可を取ろうとセンターや体育館に行ってみましたが、連休のせいか誰もいません。 勝手に使わせてもらいました。あとで気づいたのですが、港に三島村役場の支所がありました。 たぶんそこで使用許可をもらうのでしょう。温水プールはしばらく誰も使っていないようでした。
この島は歴史上では有名な島です。平安末期の平家全盛の時代、目に余る平家の横暴に抗い、俊寛、西光、藤原成親・成経父子、平康頼らが
俊寛の別荘の鹿ヶ谷で平家打倒の談合をしていたことが発覚します。西光は惨殺され、俊寛、平康頼、藤原成経の3人は鬼界ヶ島に流されます。
のちに俊寛を除く2人は赦されて都へ帰りますが、俊寛は赦されずに島に残されその地で亡くなります。この鬼界ヶ島が現在の硫黄島の事だそうです。
開発センターの入り口に「おれを置いていかないでくれ!」?と海に向かって叫ぶ俊寛の像が建っていました。
この島で中村勘三郎一座が嵐の中で俊寛を演じたのはみんなの記憶に残っている事と思います。平成八年五月の事でした。
ちょうど12年前まえのことでした。
キャンプの準備が終わって、3時頃、T氏を一人残してバイクで島の釣り場を探しに出かけました。 まずは北部海岸。ここには坂本温泉と呼ばれる露天風呂があります。海岸はごろた石のころがる浅い海でした。 釣りは出来そうもありません。うねりもあり今日は北向きの海岸での釣りは無理なようです。左に崖沿いに歩いていくと釣り場があるようですが、 少し危険な崖があり、進むのを断念しました。下の写真はその坂本温泉です。ちょうど満潮にさしかかり、温泉内に海水が入り込み始め、 温泉から温水プールに様変わりしていく所でした。お湯の温度はかなり熱かったです。入浴する時間が無いので足湯で我慢しました。 すっと疲れがとれたようでしたよ!
坂本温泉です。地元の方には東温泉より効能があると人気のようです。
ここでしばし足湯を楽しみました。船旅で少し疲れた足にとても心地よかったです。
旅人に人気の東温泉です。岩風呂が3段に作られ、一番上は熱湯です。2番目もかなり熱く、我慢すれば何とか入れました。
3番目は普通の温度です。湯舟につかると東シナ海と一体になれます。
東温泉の近くで夕方から釣りを始めました。小生の竿には大きなアタリが一度だけあり,
それをばらしてからはほとんどアタリがありません。
N氏は手前で竿1本のウキ下で、何度もウキが沈みました。ほとんどはキロ級のイスズミです。
日が暮れてからはホシタルミの30cm級を5枚あげました。
午後9時頃やっとテントにたどり着き、それから夕食の準備です。釣ったホシタルミをN氏からもらい受けお刺身を作りました。
無洗米とインスタントのみそ汁と缶詰と油で焼いた残り餌のキビナゴで簡単に夕食が出来上がりました。最近はキャンプも手軽です。
これでやっと一日目が終わりました。
![]()
午前4時、まだ寝足りなさそうな2人を起こしてモーニングコーヒーをたててあげました。(インスタントではありませんよ!)5時には釣り場を捜してN氏とキャンプ地をバイクで出発。色々捜してみましたが、適当な場所が見つからず、結局昨日の場所で釣り始めました。 昨夕のように、小生の竿には全く反応がありません。一方N氏はイスズミとホシタルミの子が時々掛かってきます。 いい加減しびれを切らし、N氏と別れ、硫黄港の左先端に行きました。T氏とばったり会い、彼も連れていきました。 でもここでもアタリは1度だけ、大きめのムロアジを一匹だけゲット!みんなのお昼ご飯のお刺身になりました。 恋人岬が目前に広がり、なかなかのシチュエーションです。なんで釣れないんだろー?
この日、釣りはさっさとやめて、硫黄島観光の時間にしました。色々な言い伝えのある島で話題には事欠きません。
まずは件の俊寛堂を訪ねてみました。港から3キロほど北に入ったところにそれはありました。
道路からはずれ、苔むした狭い通路を300mほど下ると竹で編んだお堂がありました。
方丈記の鴨長明のお堂もこれほどかと伺わせる小さな祠です。華麗な京の都に済んでいた高僧にとって何とも哀れなたたずまいでしょう!
ここで嘆き死んでいった俊寛を想い、思わず手を合わせてしまいました。 港の集落近くに安徳天皇とその側近たちのお墓がありました。三島村教育委員会が詳しい案内板を建てています。 歴史では壇ノ浦で亡くなっています。こういう遺跡は全国津々浦々見つけることが出来ます。 わが鹿児島にも、谷山本町に豊臣秀頼の立派なお墓が残っています。真田一族が島津義弘と一緒に連れて逃げてきたとも伝えられています。 信憑性はいざ知らず、夢とロマンがありますよね! 私的解釈をさせてもらえば、この島に落ち延びた平家の落人が、安徳天皇を偲んで彼の形見を埋め、お墓をたてたのかもしれません。
島の東端に小さな台地があり平家城跡と呼ばれています。先端にたどり着くと足下は断崖で、覗くと思わず足がすくみます。 城跡と呼ばれて、港の観光掲示板にも砦がかかれていますから、落人たちの砦が築かれ、ここから南下して来る船を見張っていたのでしょうか? 遙かに竹島が見渡せます。ここの海岸は穴之浜と呼ばれ、いたるところから温泉が吹き出て海を白緑色に染めています。 何とも不思議な海の色です。潮の干満や時刻と共に、様々に海の色合いが変わるそうです。 ![]() 反対側に目を向けると、硫黄だけが目前にそびえています。高さこそ703mですが、海面から立ち上がり急峻な山容です。 山頂周りではいたるところから火山ガスが吹き出しています。当初は一人で登るつもりでしたが、 ガスマスクでも付けないと山頂に登るのは無理なようです。展望台への通路も通行止めになっていました。
東部の火山地帯をだいたい見終え、西部の牧草地帯に移動しました。まずは永良部崎通称恋人岬に向かいました。 途中が大きくくびれ赤い橋が架けられています。我々が野営したキャンプ場の真上に見えていた橋です。 ここからの左右の景色は圧巻でした。東の方に目をやると眼下に硫黄港薗先に稲村岳と硫黄だけが見渡せます。 港の中の海水は完全に褐色に染まっています。
西の方には東シナ海が広がります。眼下には断崖の下は絶好の釣りポイントになっており、全国の太公望の垂唾の場所です。
釣り人を何組も見ることが出来、ちょうど船が迎えに来たところでした。東部と違って青々とした海が広がります。
もう少し進むと先端に展望台がありました。視程が良いと屋久島が目の前に見えるのですが、京は晴れてはいますが視程は悪く、
残念ながら屋久島を見ることは出来ませんでした。でも昨夕は東温泉から見ることが出来ましたよ!
ここの周りは大名竹で覆われていました。
恋人岬に別れを告げ、村営の飛行場と城ヶ原牧場方面に足を伸ばしました。広々とした台地に牛が放牧されています。
バイクを走らせると大きな鳥らしき鳴き声がうるさいほどに聞こえてきます。犯人は孔雀でした。この島には野生の孔雀が沢山住んでいて、
一日中うるさく鳴いています。
あきれたことに牧場の牛になんの遠慮もなく近づき、彼らの餌をあさっています。
牛の方はそれをとがめようともしません。でも我々が近づくと一目散に逃げ出していきました。
なかなか写真に収まってくれません。それでもやっとワンカット撮せました。
牧場を下ると大浦港という避難港がありました。バイクを止め階段を下り波打ち際まで行ってみました。
桜島の周りにも沢山ありますが、きっと大噴火が遭ったとき脱出するための避難港です。余り大きな船は接岸出来ませんが、
火山弾からは避けられそうな洞窟のような避難港でした。
ここが我々が二日目に停まった民宿「ガジュマル荘」です。近くにガジュマルの大きな木がありました。
10年ほど前「椎名誠」も停まったのだそうです。女将がそういっていました。証拠の写真もありました。
宿に早めに入り、休息をとりました。私は7時までぐっすり寝てしまいました。
残りの二人はまた東温泉に行ったようです。
夕食後、港に夜釣りに行ってみましたが、釣れたのは小さなウツボだけでした。N氏のリールが壊れ、さっさと引き上げました。
床につくと窓ががたがた揺れて南風が少し強くなったようです。明日は雨になりそうです。
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目が覚めると民宿の窓の外は風と雨!早朝の釣りはあきらめました。朝食後、小雨になったので、
キャンプ場に置いてあった釣り具等を片づけるため外に出てみました。ガジュマロの木が雨に打たれています。それはそれで趣があります。
昨日までの晴天が、一転、荒天です。もっとも、これは折り込み済みでした。海がさほど荒れず、船の揺れがあまり無いのが、
せめてもの幸いというものです。昨年もその前も確か3日目は雨にたたられました。
昨日までカラカラだった芝生には水たまりが広がり、硫黄岳は雲に覆われて見えません。俊寛さんの銅像も淋しそうに濡れています。
カラスが俊寛像の頭に停まっています。このカラス一日目に我々の野営地に置いてあった食糧をかき回し、カップヌードル3個、
激辛のレトルトカレーを食べてしまった憎っくきカラスたちです。インスタントのみそ汁はこのままでは食べられないとわかったらしく、
袋だけ破って近くに置き去りにしてありました。
午前10時、予定より少し遅れてみしま丸が入港してきました。我々はバイクと自転車をあわただしく積み込み乗船しました。
3日鹿児島を出るときは余り乗客は多く感じませんでしたが、やはり連休最後の便です。帰省していた方々が一挙に鹿児島に帰るため、
船内はごった返していました。
船は雨に煙る硫黄岳を後にして北へ向かいます。三島にまた何時来れるかわかりませんが、次来るときは是非、黒島まで足を伸ばしたいと思います。
硫黄島には「冒険ランド硫黄島」というバンガロウなどの整った鹿児島市のキャンプ場がありました。
後で聞いたのですが、一般の方も申し込めば使用できるそうです。硫黄島に行ってみたいとお思いの方、
案外手軽に秘境のキャンプが楽しめそうですよ!親子で楽しい思い出を作りませんか。 |

私ごとですが、末っ子が熊大に受かりまして、29日大学寮に入寮しました。この日、今度就職の三男と三人で引っ越しです。 熊大の大学寮は町の中心を流れる白川の少し上流に登った所にありました。市街地から武蔵塚を通って阿蘇に向かう古い道路沿いにあります。 市街地の近くにしては静かな所でした。 寮の上に公園が有り学生たちが声を張り上げて怒鳴っているので言ってみました。 今夕、寮主催の花見が有り、みんなで自己紹介の練習をしていたところでした。
帰りに一人で川辺に降りて写真を撮りました。学生寮は白川の川向こうに静かなたたずまいです。
あちこちの桜は鹿児島よりずっと早くもう六七部咲きの様子です。下流の方の目をやると熊本の街が見渡せます。
今回は福岡よりも少し近いので、家内と時々は来れそうです。
![]() 熊本大学が五高と呼ばれていた頃、夏目漱石がここで教鞭を執っていたのは有名な話ですが、 その若い奥様が心を病んでこの川で入水自殺未遂事件を起こしたのはこの辺でしょうか?
4月4日は熊本大学の入学式でした。家内にも時には晴れがましい場面を見せようと、熊本に連れていきました。
星中陸上で一緒だった同級生のS嬢も同じ薬学部で、会場の熊本県立劇場で彼女のお母さんとばったり会ったりというハプニングもありました。
式が滞り無く(あっさり)終わり、学生はオリエンテーリングとかで、時間つぶしに熊本城の桜を見物に行きました。
桜は満開で平日というのに花見の客でごった返していました。
新装なった熊本城の加藤清正公の御殿の大広間も見たかったのですが、公開は4月の半ば過ぎからとのこと!残念でした。
午後7時30分から町内会の役員会があるというのに、悪い癖が出てまっすぐ帰らずに天草経由で海ルートを帰ることにしました。
15年ぶりに天草五橋を渡りましたが、かなり観光整備され風景ががらりと変わっていました。
道の駅や牛深港のお土産店で海苔や魚の干物など結構買い込みました。天日干しなんでしょう!鹿児島のスーパーで買うよりかなり美味でしたよ!
長島では島外不出の島娘も一本買って帰りました。(飲みにおいで!)
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![]() 星ヶ峯の中央公園横に歩道橋があります。この橋はそのまま1丁目に昇っていまして、 東小学校の子どもたちの通学路になっています。ここには大きな鉄琴が両サイドに取り付けられ、 たたくと「カラスなぜなくの」など2曲メロディーが奏でられていました。通称メロディー橋と呼ばれています。 ところが古くなり今度改修工事があり、この鉄琴がはずされてしまいました。 それを知ったおやじの会のメンバーが「いかにも惜しい!」とその鉄琴をもらい受け、 東小学校に取り付けることになりました。
3月16日(日)の午後五時、みんなに召集が掛かり、この鉄琴を小学校のプール横のコンクリート壁に取り付ける工事をしました。
鉄琴の鍵盤は2曲で100以上も有り、ボルトで固定されていました。それをはずし並べ替える事になりました。
一人でとなると一日仕事になりそうでしたが、大勢でわいわい言いながらやってしまうとあっという間に終了しました。
子どもたちきっと喜んでくれると思います。終了後、みんなで焼鳥屋にいって盛り上がったのはいわずもがなのことでしょう!
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![]() 1月6日、星ヶ峯新春ジョギング大会が開催されまして、私も参加してきました。 お天気は上々!温かい朝でした。元旦は初雪のちらつく寒い一日だっただけに、この週末は本当に温かく感じられました。 中央公園に小学校から借りてきたテントを一張り設営し、机を持ち込みお汁粉と豚汁の準備が始まりました。 そうこうしているうちに9時になりました。7〜80人の参加者が順次集まってきました。 早速、皆を集め若干のセレモニーを行い、準備運動に入ります。競争では無いので皆が自分のペースで走ります。 いつもの星ヶ峯の楕円形の外周道路を3.95km走ります。前半の2kmはきつい昇りで後半は下りです。 平坦な所はほとんど無いのがこのコースの難点ですが、歩道は広いので安全なコースではあります。 9時15分、一斉にスタートしました。小生も久しぶりに後をついて走りました。 登りは走っているのか歩いているのかわからないほどのペースです。それでも止まらず4丁目まで登り切り、やっと下りに入りました。 さあここからは飛ばすぞと思っていましたが、力を使い切りスピードが出ません。22分もかかりようやくゴール! でも新春からいい汗をかきましたよ! |

新年の第2日曜日は指宿菜の花マラソンが開催されます。今年も全国から1万5千人を集めて大会が開催されました。
私も4年目になりますがボランティアとしてこの大会に参加しています。(もうランナーとしては無理ですから)
早朝5時に鹿児島市を発ち、1時間半かけて指宿陸上競技場に着くともう会場はごった返していて、駐車場に入るのに一苦労しました。
早速、競技場内に設けられた介護テントに入り患者を待ち受ける準備を始めました。
準備も終わらない内にテントの外には長蛇の列が出来ました。
![]() ここに来ていつも思うのですが、走る前から治療に来ます。無理に練習を重ねて来たせいでしょうが、 それにしてもこれから42キロ余り走れるのだろうかと、こちらが心配になります。走行している内にスタートの時間があっという間にやってきました。 1万5千人のランナーがスタートの位置に着き道路を埋め尽くしました。あさ9時号砲とともに一斉にスタートしていきました。 ![]() しばらくして我々は、山川港の駅前の35キロ地点に移り、整骨院の先生たちと疲れたランナーたちの足のケアーをしてあげました。 「後7キロ!ゴールはもうちょっとですよ!」と励ましてマッサージやテーピングの簡単な治療をしてあげるのです。 まあ私の出来ることと言えば選手たちのふくらはぎにスプレーを吹きかけてあげることくらいでしたが! 親しい知り合いにも2人も会いました。4時間を割りそうなかなり早いペースで走っていましたよ!
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![]() 11月18日の日曜日に東校区の文化祭が開催されました。 我が町内会からは、N先輩の歌と小中学生と大人3名の計16名による踊りと太鼓のソーラン節で、町内会対抗出し物合戦を競いました。 プロの方に太鼓をお借りし、ついでに2回ほど指導も受け、結構本気の練習が10日間ほどほぼ連日続きました。 私もいつの間にか竹太鼓たたきのメンバーに組み入れられ、午後5時くらいからの練習に参加しました。 それは4日(日)の竹太鼓の土台作りから始まりました。組立式の木枠を組み、釘も使わず、ばらすと何枚かの板になり、収納がいたって簡単です。 板に紺色のペンキを塗り、カッティングシートで桜の花びらをデザインしました。結構かっこいいのが出来上がりましたよ! 大人3名で竹太鼓、中学生2人は和太鼓をたたきます。踊りの担当の小学生たちも喜んで参加し、楽しい雰囲気の中で練習が進行していきました。 いよいよ当日になり、ピンクの長半纏と長はちまき姿の我が踊り連の本番がとうとう始まりました。 太鼓も踊りも練習通りにかっこよく踊れました。本番前々日に怪我をしてしまったTちゃんは「それでも出たい!」と応援旗を持って、太鼓の横に立ってくれました。 一生懸命踊りました。残念ながら町内会対抗での審査員の評価は、他の町内会ほど高くなかったのですが、心の中では子どもたちに最優秀賞の賞状を上げたいと思っています。 |

![]() 9月17日は敬老の日でした。町内会の集会場で65人が集まり、お祝いをしました。前日からカラオケコンポや テレビのディスプレイ等の機材を持ち込み、音あわせや映像のチェックなどで大わらわ! この日は台風の影響で海は大荒れ!本当は桜島沖で久しぶりに大アジを釣っているところでしたが、 中止になってちょうど良かったのかもしれません。 集会所の掃除やじゅうたんの買い出しと結構忙しかったです。 ![]() 当日は朝9時30分に集合して、担当の8人で飾り付けを済ませ、11時30の開演に集まる諸先輩方を待ちます。 「歌えや踊れや」とはこのことか!踊りの師匠もカラオケの先生もスタッフにいて、出演者は引く手あまた!何の苦労も入りません。 勝手に盛り上がってくれます。こちらは会の進行にほんの少し気を配るだけでした。 昼食時間、ビンゴゲームをしましたが、100円ショップの景品にもみんな喜んでもらいました。 飛び入りも入り、時間を少しオーバーして宴は3時前に終わりました。さあ次の行事は十五夜でーす。 |

![]() 8月4日(日)に星ヶ峯団地夏祭りが開催されました。 台風5号に気をもみ、無事通り過ぎたものの天候が定まらず、午後1時30分の決定の後、激しいにわか雨と雷に襲われました。 一部中止の出し物があり、中学校の吹奏楽部には時間を大分引っ張ってもらったりして色々ご迷惑をおかけしたようです。 それでも始まりの5時頃にはすっかり天気も上がってお祭りがにぎやかに始まりました。 ![]() 今回は新装なった星ヶ峯タイヨーの新しい駐車場をフルに貸していただいて、素晴らしいお祭り会場に仕上がったようです。 特に夜店はコの字型に配置でき、プロがしつらえたようなお祭りの夜店に出来上がりました。 観客も多く、きっと売り上げもだいたい満足いく額になったのではと勝手に推測しています。 おやじの会では私のかわりにヨーヨーとスーパーボールをうってもらいました。去年のカブトムシに比べればすごく楽だったようです。 売り上げもまずまずだったようです。 ![]() 例年、演芸の方は、鍛えられた華麗な日本舞踊が多いのですが、最近の傾向としてはフラダンスのグループの出演が随分多くなりました。 今年は4チームも出演されましたよ!ところで今回みんなの注目と爆笑を集めたのは、北町内会のOさんの踊り「麦畑」でしょう! 3本の横棒で両サイドに配置した本人と等身大の男女の人形をたくみに操って踊ります。その動きのリアルなこと! 会場全体の爆笑を買いました。 |

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妹夫婦のところで雑談をしていた時のことです。15年前、そこの長男を連れて九重に山登りに行った時の話題になり、 聞きつけた妹の旦那が「この夏に行きたいよね!」という話になりました。半分冗談で聞き流していたのですが、8月4日の星ヶ峯の夏祭りが無事終わり、 翌日曜日の町内会の大掃除も済ませ、1時間ほど仮眠を取っていたら携帯電話が鳴りました。電話の向こうで「明日はどうなの?」と旦那の声です。 「しゃぁない!」疲れた身体にむち打って、旅の準備を始めました。 ![]() 月曜日、午前10時に鹿児島を出発。熊本までは良いお天気で、高速を下りて、街で夕食のバーベキューの材料を買い込みました。 阿蘇の外輪山にたどり着く頃、土砂降りの雨と雷雨に見舞われました。 入山を危ぶみながら、長者原登山口に午後3時到着。この頃は何とか雨は上がり、坊がつるの法華院温泉に「今から登る。」と電話を入れると「大丈夫!」とのこと。 4人は荷物をこしらえて、いざ久住へ!途中、雨に打たれ下りてくる何組かのパーティーに遭いました。 2時間後、やっとのことで雨ヶ池越えの峠に到着!7回目の登山で初めて見たのですが、このところの大雨で確かに池が出来ていました。 ![]() 夕暮れの午後6時には、法華院温泉のバンガローにどうにかたどり着きました。値段が高さに比べここの部屋の狭いのと、周りの手入れの悪さにぼやきながらも、 深山の温泉にゆったりとつかり、食事をし、ビールを飲み、花火で遊んでいたら、もうしっかりキャンプの気分でした。 慣れない寝所でしょっちゅう眼がさめながら坊がつるの朝を迎えました。午前5時、バンガローの外に出ると三俣山にもう朝日がかかっていました。 ![]() 坊がつるの朝は、昨日の雲も消え、大船山や平治岳の頂がくっきりと見えます。平日とあって、キャンプ場にはほとんどテントが見あたりません。 「さあ今から朝食を皆に取らせ、なるべく早い時間に出立だ!」と思うのですが、何せ山は初めての人間ばかりで、小生の気持ちが通じません。 5時にたたき起こしたのに、みんなだらだら行動で、坊がつるを後にした時はとっくに8時をまわっていました。 ![]() 写真は法華院温泉です。15年前よりだいぶ大きくきれいになっていました。温泉も広くて案外温かかったし(以前秋に訪れた時はぬるくて風邪をひきそうだった) 、洗濯物の乾燥室があったのは助かりました。ちゃんと缶ビールの自販機もありましたよ。 我々四名は1万円でバンガローを借りただけでしたが、ここの宿泊は1泊2食で7,500円だったかな?素泊まりもOKでした。 ロビーには山の写真や地図が飾られ、テーブルやイスも沢山置かれ、明日の山をどう攻略しようかとゆったりと考える事ができそうです。 ![]() 最初から予定の道をはずし、中岳へ直接登る、九重できっと一番きついルートに入り込んだようです。上れど登れど坂また坂です。 途中山腹づたいの道が崩れたらしく、岩がゴロゴロした沢登りのルートに導かれていました。 振り返ると、坊がつるの湿地帯が遙か下方に見られます。妹はこの辺でさすがにアップアップ!半ズボンの足は擦傷だらけです。 小さな滝があり、ここでしばらく小休止!足や手を冷たい谷川の水で洗いました。水温は16〜7度。長くは手足を入れておれません。 この辺から霧が出始めました。(だからもっと早く登り始めたかったのです!) 山では日が高くなると、上昇気流が発生し雲が湧くんですよね!特に今回のように台風の周りで不安定な時はそうです! すぐそこに峠が見えるのですが、登り着いたと思ったらまだ先がありそしてまだ先がありの繰り返しでした。 ![]() 沢を延々と登ること約2時間半、どうにか白口谷の沢を登り切り、中岳山頂のすぐ麓の峠に到着しました。 妹とその長男をしばらく休ませ、私とT氏は中岳に登りました。山頂は気温17度。風が強く長居は出来ません。 霧が濃く何の景色も見えませんません。早々に山頂を下りてしまいました。
この後、目的の久住山頂にみんなで登りました。山頂で凧を上げている方がいました。カメラを凧に取り付けて撮影していたそうです。 もっとも我々が到着した時はかなり霧が濃くなり、もうかたずけていました。 この日の山頂はほとんどガスがかかった状態で、時々霧が晴れて遠くが見える瞬間もありましたが、またすぐ霧の中に閉ざされました。 我々も長居はせず、早々に山頂を後にしました。 皮肉なもので、もうそろそろ登山口にたどり着く午後2時過ぎには、晴れ間が多くなり、太陽が照りつけてきました。 先ほど下りてきた久住の山頂が、はっきり見えるようになってきました。
![]() 帰りに、最近出来た日本で一番高い九重吊り橋と、滝廉太郎で有名な竹田の岡城趾を訪ねました。 夕暮れのお城跡は人気もなく、まさに荒城そのものでした。 |

![]() 7月28日から29日まで、おやじの会のみんなで鹿屋にキャンプに行きましたよ!総勢32名でした。とても楽しかったですよ! あー良い文には形容詞は使っちゃだめだった! 初日はお昼前にに海の家に着いて、定番のカレーライスでお昼をそこそこに済ませてカヌー遊びをしました。 楽しかったか楽しくなかったか写真で判断してください!でも炎天下の36.Cの太陽の下です。 子どもたちは30分ももたず、全員カヌーを捨てて海に飛び込みました。 ![]() 日が落ちたとたん、キャンプ場はビヤガーデンに早変わり、インストラクターの海の家の先生たちが消えたとたん、缶ビールがあちこちでピシューッと音を立てます。 もちろんキャンプファイヤーとその儀式なんかありましたが、肝心のカメラが消えてしまって、その写真はありません。 やっと見つかったときは小生もみんなもかなり出来上がった後でした。 この夜、小生は翌朝5時起床してみんなのためにキスのお魚を32匹釣るミッションがあるため、10時に床につきました。 ![]() これはまだみんなが元気なときの写真!海の家から車で30分ほどで、高隈の中腹にある市営牧場に着きました。ここから1時間ほど歩くと白滝があります。 何も考えず導かれるままに、みんな牧場を通り過ぎ遊歩道に入り込みました。ところがこのパーティー、年齢構成もいろいろ、はたまた運動靴の方もいれば、 サンダル履きの方もいるという有様!結構ハードな山道を、無事に全員目的地に着いたのが不思議なくらい!もっとも小生滝の手前の難所でみんなのサポートにまわっているとき、 足下の石が動いてバランスを崩し、いやと言うほど岩に右脳をぶつけました。脳味噌が少し揺れました。でもぶつかった岩全体が厚い苔に 覆われており、 大事には至りませんでした。 ![]() やっと目的の白滝に到着しました。落差60mの瀑布です。水量はさほど多くはありませんが、空から滝の水が降ってくる感があります。 水は冷たいし、天国です。1時間弱ここで涼を楽しみました。 |

![]() 6月24日午前9時から、星峯東小体育館で、東校区ソフトバレーボール大会が開催されました。200名を越えるにぎやかな大会でした。 今回、私の所属する桜会の町内会からは、女子2チーム、男子1チームの合計21名で参加しました。 お世話役ということでの参加でしたが、男子リーグ予選2試合の1試合はフル出場でした。 前年度この大会で右足首靱帯を伸ばし負傷してしまったので、 それを知っているおやじの会のメンバー(ライバルチーム)から「無理するな!」のヤジが飛びかいます。 先に1敗していたのでもう負けられないのですが、相手は強豪の東町内会チーム相手です。前年度優勝の南町内会を破って波に乗っています。 ところが、私のサーブの番になり持ち球のフロッターサーブが面白いように決まり、6点連続してポイントを上げてしまいました。 ここしかないというところにたまたま連続して入ってしまったようです。これで流れに乗り、相手チームを破って、「ミラクル桜会」の異名をもらってしまいました。 ![]() 結局我々のパートはすべて1勝1敗になり、得失点差で南町内会と東町内会が決勝トーナメントに駒を進めました。 女子の部では、わが桜会は善戦し、2チームとも決勝トーナメントへ進みました。 ここで抽選で同町内会同士の対戦となり自動的に準決勝に進出、ここで残念ながら破れ3位に終わりました。 優勝は男子リーグが南町内会、混成も南町内会、女子リーグは東町内会でした。 |

![]() 10日(日)の朝10時、星ヶ峯の北部の茂頭の田んぼに、小学生がなんと64名も集まって、 星西成人学級の恒例の「せっぺとべ」がにぎやかに開催されました。 この日は早朝、町内会の掃除があって、慣れない草刈り機の作業で少々くたびれかけていたのですが、 現地にカメラを持って行ってみました。 9時半に田んぼに着くとみんな耕運機で田んぼを耕し、水を張って「せっぺとべ」の方はもう準備万端! 別のチームは米を研いだり、キャベツを洗ったりして、お昼のバーベキューの準備をしていたので、そちらの加勢に加わりました。 キャベツを10個、洗って切りほどきました。大きなタマネギも15個ほど輪切りにし、ピーマンは何個切ったか覚えてもいません。
11時、子どもたちは裸足で田んぼに入り、いよいよ「せっぺとべ」の始まりです。
今回は泥水の中を20mほど走ってのフラッグ争奪戦でした。
この時点でもう子どもたちは泥んこ!子どもたちの跳ばす泥水がカメラをおそってきます。慌てて逃げ出す始末です。
みんな泥んこだらけになるのがいかにも嬉しそうです。今日は「きたなーい!」と目をむくママがだれもいません!
争奪戦が終了した後、しばらくボール遊びや泥かけなどしていました。田んぼの中を男の子も女の子も走り回っていました。![]() 泥遊びに飽きた頃を見計らって、今度は本命のウナギつかみが始まりました。板で囲ったプールにウナギを放流し、 みんなでウナギを捕まえます。最初はウナギも元気でなかなか捕まりません。みんな必死でウナギを追いかけます。 顔は泥だらけで、誰が誰かも見分けがつかない位です。30分ほどかかって、放流した25匹のウナギをだいたい捕らえました。 さあ、これからウナギの蒲焼きでーす!昨年はこれからが大変だったんです。でもおなかをすかせた64名の子どもたちが待っています。 猶予はありません。 ![]() 今年は電気でウナギを気絶させてからさばきました。非常に楽でした。がんがん炭の燃えるバーベキューコンロに網をかけ、ウナギを焼き始めました。 子どもたちは待ちきれない様子です。やっと蒲焼きが焼け、茶碗に盛ったご飯にウナギを載せタレをかけて子どもたちに給仕しました。 手際がのろいので長い列が出来てしまいました。
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![]() 6月の第3日曜日は父の日。きっとうちではだれも祝ってなんかくれないんで、習字同好会のみんな(4名)と 都城の東隣の山之口町にある紫陽花公園に、紫陽花を愛でに出かけました。 朝9時、鹿児島インターから高速に乗り、一路都城に向かいます。加治木インターから国分道路で末吉インターまで一気に走ります。 末吉に10時30分、少し時間があったので、トイレ休憩も兼ね「末吉道の駅」に寄りました。ここの道の駅は少しレベルが高いようです。 ついついみんな、色々な物を買い込んでしまいました。私も”紫いも”の粉末を買ってしまいました。 ここから都城まで20分、都城の町から後10分も走ると、11時ちょうど、時間通りに山之口の紫陽花公園に到着しました。 このころまでは空は明るい曇り空!紫陽花を楽しむには最適なお天気です。我々は公園に入るや、早速、手持ちのお弁当を食べる東屋を見つけました。 花より団子!おにぎり、押し寿司、おかず類を板の間に所狭しと広げ、まずは腹ごしらえをしました。 満腹になってこれでやっと紫陽花の花が鮮やかに見えだしそうです。 私だけでなく、きっと他の3人もそうだと思いますよ! 山城の展望台に登り付く頃から、しとしと雨が降りだしました。紫陽花を見るときははこうでなくっちゃ!いよいよ雰囲気が盛り上がります。 日曜日とあって、なかなかの人手です。時に紫陽花に負けぬ色香の方も混じり、小生のカメラは、眼がたれ眼になるほどうれしがっています。 でもこの1カット、ねらって取ったのではありません。ちょっと弁解させてください。紫陽花を取っていたら、 ちょうどシャッターを押すタイミングで、突然、目の前に見目麗しい女性が現れたという訳です。 もちろん慌ててシャッターを押しましたけど! ![]() この公園、26000本を越える紫陽花の株が植えられ、その数は年々増えているとのこと。九州一の紫陽花園になるのはさほど先のことではないようです。 写真でもおわかりのように色とりどりの紫陽花が植えられています。公園の入り口から山城のある山頂(60m程度?)までずっと紫陽花が植え込まれています。 紫陽花の種類もいっぱいあります。普通の青いアジサイ、白いアジサイ、がくアジサイ、ピンクのアジサイ一体何種類あるんでしょう。 珍しいアジサイを見つけてはパチパチシャッターを押しまくりましたよ。写真の白いがくアジサイは不思議な雰囲気を持っていました。まだまだ沢山ありましたが全部お見せできないのが残念です。 ところでこの日は紫陽花だけでは終わりません。実を言うと我々はここに紫陽花を見に来るのは2度目なんです。星ヶ峯専属ツアーコンダクターとしては、 このままみんなを「ああきれいだった。よかった!」で帰す訳にはいきませんでした。近隣に何かおもしろい物は無いかと色々インターネットで物色していたら、 見つかりました!山之口町に「人形の館」という記念館があって、ちょうどこの日、1年に4度しかない人形浄瑠璃の公演会が開催されるのを知りました。 演目は近松門左衛門の「出世景清」とあります。 みんなを無理矢理連れて「人形の館」へ、2時からの人形浄瑠璃の公演を見に向かいました。 浄瑠璃は涙あり、笑いありの内容でみんな感動していたようです。もっとも小生は、朝5時起きての長距離ドライブで少々お疲れぎみ! みんなには気づかれないようにしていましたが、少しウトウトしていました! |

![]() 5月27日(日)に星峯東校区のグランドゴルフ大会が行われました。校区の社会福祉協議会の呼びかけで、 地域でグランドゴルフをなさっている先輩方に協力をお願いして、あいご会で子どもたちに呼びかけました。3世代交流のグランドゴルフ大会を開催し始めて3年になります。 今年も呼びかけたら参加者が合計95名という人数に膨れ上がってしまいました。うれしい悲鳴です。
当日は風も無く良いお天気でした。8時40分、第14公園の会場に行くと、9時30分からの開始というのに子どもたちが結構集まっています。
年輩の方々もとっくに来られ、コースレイアウトを済ませ、ホールポストの旗も早月のそよ風にはためいています。
9時過ぎる頃は全員そろいいつでも始められそう!みんな張り切って楽しみにしているようです。ちょっとしたあいさつとゲームの説明があって、さあ早速ゲーム開始です。ゴルフと一緒で1ホールを3打で入れるのが基本。打数が少ない方がいいわけです。 また1打でホールに入れてしまえば、ホールインワンとなり、合計点数から3打引いてもらえます。小学生たち初めての子は最初こそとまどっていましたが、 だんだん慣れてくるとホールインワンを出す子も出てきます。みんな自分のおじいさん、おばあさんくらいの年齢の方と一緒に楽しそうにかつ 真剣にプレーしています。これこそ3世代交流ですよね!
今回は8×2ホールをプレーしました。12時前には終了、閉会式を済ませてみんなでお弁当を食べました。今回はスコアはつけましたが、
成績の集計をせず、順位もつけませんでした。それに少し不満の子もいたようです。「こんなに早く終わるなら、次回は9時から開始してお弁当を出さず、
その予算で参加賞や賞品を買って、きちっと順位をつけて真剣勝負をしましょう!ホールインワン賞も出しましょう!」とみんなに提案したら、
それがいいとみんなが賛成してくれました。よーし来年は写真係は誰かにふって、私もプレーしよう! |

![]() 5月19日(土)と20日(日)にかけて、恒例の星ヶ峯ソフトボール協会の春の大会が開催されました。 土曜日は町内のグランドゴルフ大会が午前中開催されたため、掛け持ちでめちゃくちゃ忙しかったのですが、何とか12時30分からの第1試合に間に合いました。 第1試合目の対戦相手はコーアガスチーム。先発は私!この日は球が走り(自分のレベルの中で!)三振を四つも稼ぎ、フォアボールは確か三個で出来過ぎの投球でした。 ただ練習不足で、味方のエラーが重なり、肝心な所で四球を出し、8失点。この試合、味方の打線もふるわずくやし涙の敗戦投手となりました。
初日の二試合目は星峯中チームとの戦いでした。持ち前の打棒爆発で大量得点を取り快勝!
ここでこの日は1勝1敗となりました。2日目のパートをかけて、同率のコーアガスチームとじゃんけん勝負!
でもあっさり破れ今年も最下位グループのパートでの決勝戦になりました。3大会連続?これではいけません。じゃんけんを鍛えなければ!(違うか!)
今日の疲れを持ち越さず、気を引き締めて明日を頑張りましょう!
2日目は星峯東小チームと何故か因縁の相手のホワイトベアーズチーム(セイカクラブ)でした。
東小は私が先発したのですが、身体が老廃物で接着されたみたいに動かず、1回に12失点の醜態をさらしました。
その後味方が10点取ってくれたものの、15対10で完敗!ホワイトベアーズ戦は15点取られながらも、最終回5点返し同点に追いつき引き分けました。 じゃんけん戦は勝利しましたが、結局リーグ最下位に甘んじました。これではいけないと、秋の大会練習を増やしもっと上を目指すことを涙ながらに?皆と約束しました。 大会の後公園の片隅でバーベキューで懇親会も行いました。 |

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私の所属する保険事務所”総合保険センター”で、事務所主宰のの生保キャンペーンがありまして、どうしても第一生命の商品を一件成約しなければならなくなりました。 これが結構難しくて、なかなかお客様を見つけることが出来ません。しょうがないと腹をくくって、福岡の大学4年生の三男に生命保険に入ってもらうことになりました。 ちょっとだらしない話ですけどね!まあ、本来なら今度卒業して社会人になるはずで、生命保険の1本くらいあたりまえなのですが、 留年してしまってすでに5年生が決まっている身の上なのです。3月6日、彼を訪ねて鹿児島から福岡へと、家内と二人車を走らせました。 川内までの高速道路が開通したというので、かなり遠回りなのですが”西回りの高速道路”を通ってみました。鹿児島インターから川内まであっという間です。 ただ、高速を下りてから次の田浦のインターまで、3号線をちんたら進まなければなりません。人吉までたどり着くのに3時間はかかったと思います。 少し疲れたので八代の町で少し休憩したら道に迷い、いつの間にか鏡方面に出てしまい、田園地帯に入り込んでしまいました。 先は急ぎませんし、結構こういうのって好きなんです。しばらく走ると新幹線の軌道の工事現場の横を走っていました。 熊本特産のい草の田んぼの中を架橋は北に営々と続いています。しばらくこの工事中の新幹線沿いを走ってみました。八代から宇土までほとんど基礎は出来上がっているようです。 もう熊本まですぐそこです。宇土の車両基地予定地までだいたい用地買収も終わっているようです。ただ熊本の街の近くはまだまだ手つかずのようです。 あと3年で開通の予定ですよね!
7日は福岡からの帰りに菊水インターで高速を下りて玉名温泉によってみました。この辺でも着々と新幹線工事が進んでいるようです。
工事現場を2、3枚カメラに収めてきました。玉名の町に入り、旅行ガイドの雑誌に記載されていたおすすめの温泉をようやく見つけ、そこで40分ほど湯舟につかりました。 一人用の石をくりぬいたお風呂に飛び込むと、お湯がザーッとこぼれます。ちょっと贅沢な雰囲気です。見上げると青空が頭の上に広がります。 外気は少しひんやりとしていました。ここの温泉は泉質はわかりませんでしたが、肌に優しい、柔らかい癖のない泉質でした。 機会があったらまた寄ってみよう!
この後高速に戻らず、有明海の海岸沿いを走ってみました。何度も有明海の干拓地に迷い込み、時間だけがどんどん過ぎていきます。少し焦ります。
どうにか幹線道を見つけ、河内町長崎鼻というところに出ました。道路から有明海と青ノリの養殖場と対岸には雲仙普賢岳が間近にみえます。
曇天で不知火海はやや暗い淋しい表情をしていました。もう少し進むとあの金峰山が左手に見えます。夏目漱石の小説「草枕」に出てくる有名な山です。
この山の向こうは熊本市の市街が広がっています。草枕に”なこいの温泉”とあるのはこの辺りなのでしょうか?このまま天草に渡って牛深から長島に出ようと思っていた私は、河内で漱石ゆかりの観光表示を見つけましたが、そのまま車を走らせました。 やっと三角・天草へのアクセス道路にでた時には時計は午後4時30分をさしていました。道路標示に天草まで70キロと出ています。 たぶん牛深までは2時間余りかかりそうです。牛深蔵之元間フェリーの最終時間に間に合うか心配です。 天草の夕日は残念ですがあきらめて、ここから八代へ引き返しました。 |

![]() 2月18日に成人学級の料理教室が開催されました。 今回は”手作りピザ”を作ってみようということで、講師を栗山和己さんにお願いして、みんなに呼びかけたところ22名の参加がありました。 東小学校の家庭科教室をお借りしての今回の料理教室でしたが、ピザパイの発酵や焼き上げのためにオーブンレンジが何台もいります。 学校には1台しかありません。みんなに無理言ったらなんとか5台そろいました。
早速イーストや牛乳と小麦粉など合わせてパイ生地を練り上げます。肝心なイーストを入れ忘れたり若干のトラブルはありましたが、
1時間半後にはみんな何とかパイ生地の発酵に成功しました。後はトッピング!
今回は簡単にベーコンや赤・青ピーマンとタマネギのスライスを使いましたが、
本場イタリア風にオリーブやアンチョビやいろんな自分好みの材料を贅沢に使えば楽しいですよ!
ピザの作り方の基本はこのホームページの 旬の味 に出ていますので是非作ってみてください。
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2月12日(月)朝、”ひかり習字同好会”(仮称)のみんなで高隈山系の美味しい湧き水を探索に旅立ちました。とてもいい天気!ひかり美容室の先生いわく、今日、東の方向で美味しい湧き水をお昼過ぎに飲んだら、きっといいことが起こるんだそうで、 それを信じて垂水方面に車を走らせました。桜島フェリーで桜島を通って垂水に向かいました。 第1の目的地は猿ヶ城渓谷の天然ラジウムの湧き水です。桜島はくっきり見え、南岳からは噴煙?蒸気?が立ち登っていました。
垂水に着き、港近くのそば屋で昼食をとり、近くのニシムタで大きなポリタンクを買い整え、いざ猿ヶ城渓谷へ!
ところがところが、猿ヶ城温泉の看板には「奇跡の水ー20リットル1万円」と出ています。「これはインターネット等でちょと話題になりすぎたな!暴利だぁ〜」
(関係者の方ご免なさい)と言いながら、他に泉を探しました。ありました!
でもここには車が3台並んでいて、それぞれ大きなポリタンクを10も20も持ってきて待っています。
これを待っていたら1時間も2時間もかかりそうで、割り込ましてもらって小さなペットボトルで一本だけ水を頂いてきました。
飲むと温泉の味がしました。ここの水質はラジウムが多く、健康に良いと大変評判なんだそうです!
今度は競争相手のいない平日の早朝に訪れなくては!
せっかくポリタンクを買ったからにはこのままおめおめと帰れません。
垂水を後にして高峠を登り高隈山の裏側に(裏なんて言うと地元の方にしかられます。)東側に登って行きました。
途中、高峠の公園に寄りました。当然、まだツツジもなにも無い季節ですが、かろうじて菜の花が咲いていました。
少しだけ春の雰囲気です。大隅池で記念写真など取りました。ダム湖にはカヌーが何隻も浮かんでいました。 お天気が良いんで、水上をすいすい漕ぐカヌー野郎たちがとても楽しそうでした。
高隈中学校の近くに名水があるそうです。何度かさまよいながらやっと「観音淵ー洞穴古石塔群」を見つけました。
頼りにしているのは10年以上前に出版された「鹿児島のおいしい水」という本ですが、最近バイパスが出来てすっかり道路が変わっていました。
私が素通りしてしまった道理です。さすがにここは誰も先客はいません。
小さな滝があり、その下の泉に設置された2本のパイプから清水がこんこんと湧き出ています。
早速、ポリタンクやペットボトルを一杯にしてトランクに積み込みました。
左に階段があり、登っていくと洞窟があります。そんなに深くはないのですが、薄暗く、最初は少々背筋をぞくぞくさせながら入っていきました。
両サイドに石塔群が並んでいます。これもいっそう薄気味悪さを誘います。
昔、富山氏と肝属氏がこの近辺を競って開墾したらしく、当時の業績を忍んでの石塔群と書いてありました。
ずいぶん古くからの遺跡のようです。そういえば昔からこの高隈山系は修験道の道場として有名だったと聞いたことがあります。
石塔群の中に山伏の格好をした像がありました。この水を夜焼酎でわって飲んでみました。気のせいか黒伊佐錦が伊佐美に変わったようで、甘い味がします。家内もそういいます。 他の人にも試飲してもらわなくては! |

1月14日指宿菜の花マラソンにボランティアとして参加してきました。釣り仲間の紫原の整骨院の野村先生たちが主宰している
NPO法人日本柔道セラピスト・鹿児島は、鹿児島のマラソン大会の救護班として色々なマラソン大会に協力しています。
小生もなぜか菜の花マラソンだけはここ何年か呼び出され、受付や人員配置等のお手伝いをしています。当日は快晴、朝5時30分に鹿児島甲突橋あたりに集合し乗り合わせて出発しました。産業道路は平川出口でもう込みだし、早くも4回ほどの信号待ちでした。 指宿陸上競技場に7時をまわって到着すると、開場はもう人、人、ひとでごった返していました。 早速、テントを探し、受付など配置して故障者の手当を始めます。今回は主にテーピングでした。受付には30名以上の列が常時出来ています。 「この人たちフルマラソン本当に完走できるのか?」とこちらが心配してしまいます。さあ、9時になりフルマラソンのランナーが一斉にスタートしていきました。 我々は開場と中間地点、30キロ地点に分かれます。小生はその人員配置の配送係です。中間地点にトップランナーが到着する頃を見計らって現地に行きました。 中間地点ではする事もないので両手にコールドスプレーを持って、疲れたランナーの足に吹きかけて上げました。少しは効き目があるのでしょうか? 通りすぎていくランナーたちは様々な格好をしています。専門の駅伝ランナーのユニフォーム姿はもちろん多いのですが、ぬいぐるみを身につけたランナー(ちょっと今日は暑くて大変でしょう!) 野球チームのユニホーム、会社のお揃いのTシャツ等々・・・見ていて飽きません。 5時間が経過し我々は中間地点を後にしてメイン開場に帰ってきました。開場では「ツマベニ太鼓」の子どもたちがにぎやかに太鼓を打ち鳴らし帰ってくるランナーたちを出迎えていました。 足はがくがくなはずですが、完走してくるランナーたち皆ニコニコ充実した表情をしていました。 |

![]() 1月7日(日)七草に星ヶ峯では二つの小学校で大きな竹のやぐらが組まれ、鬼火たきが行われました。 大勢の子どもたちと地域の方々が参加し、6時ちょうど同時に点火されました。この行事は南九州独自の行事らしく 七草の前夜か当日の夜、竹で大きなやぐらを組んでそれを燃やし、厄払いをし、地域のみなさんの無病息災をお祈りするというもので、 ここ谷山では、特に中山、山田地区では必ず毎年行われてきました。星ヶ峯も団地開設当時から毎年行われてきたようです。 只、しっかり家が建ち並び空き地が無くなったため、最近では両小学校のご理解を得て、校庭がその開催場所になっています。 当日は午前中、風が強くて心配されましたが、夕方になってぴたりと風がやみ、絶好の鬼火たき日和となりました。 火は星ヶ峯の空高く舞い上がり、学校の校舎と周辺の家並みを真っ赤に染めました。集まった方々はそれぞれの町内会で設置したブロックのかまどで、 持ち寄ってきたお餅を焼き、みんなに振る舞いました。鬼火で学校中すっぽりと暖房に包まれたようで少しも寒さを感じません。 日が燃え尽きる頃、みなさんお餅でおなか一杯になって、三々五々と帰っていきました。 他愛もないホームページですが、どうぞ今年も懲りずご訪問ください。 |

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ジョギング大会といってもレースでも記録会でも何でも無いんですが、みんなが中央公園に集まって 軽く準備運動して、一周4kmの星ヶ峯のジョギングコースを自分のレベルで軽く一周して、その後でぜんざいを食べようというものです。 私が中学校のPTAやっていた頃に当時の副会長の重村さんが発案して、それからづっと続いていますから、今回で10年目になります。 と言うことは10thアニバーサリーになりますか! 今日は完全に冬型の気圧配置で、北風がぴゅーぴゅー吹いています。決して抜群のコンディションとはいえませんが、 それでもみんなで100人近く集まって元気に駆けだしていきました。 小生はなぜかぜんざいの餅焼き係です。たぶん軍手をはめていたのは私だけで、餅を焼く箸が無かったからです。 角もちを小さく切って焼き終わる頃には早くも一番手の小学生が帰ってきました。 15分そこそこで中学校の駅伝部のお嬢さんたちよりも早く到着です。 到着した子どもたちはお母さん方にぜんざいを注いでもらって何杯もお代わりする子もいました。 ところで今日は七草!七草粥ではありませんが、今日ぜんざいを食べたこの子たち、きっと今年は元気で一年過すことと思います。
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